大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ラ)343号 決定

決  定

東京都品川区大崎本町三丁目五七五番地

抗告人(申請人)

株式会社目黒製作所

右代表者代表取締役

鈴木高治

右代理人弁護士

菊地三四郎

和田良一

竹内桃太郎

渡辺修

栃木県那須郡烏山町四九五番地

相手方(被申請人)

総評全国金属労働組合栃木地方本部目黒製作所烏山支部

右代表者執行委員長

佐藤博道

右代理人弁護士

東城守一

栂野惑二

山本博

抗告人(申請人)と相手方(被申請人)間の宇都宮地方裁判所昭和三六年(ヨ)第二七号立入禁止等仮処分申請事件につき同裁判所が昭和三六年四月二八日なした却下決定に対し抗告人から即時抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

相手方(被申請人)は、抗告人(申請人)の従業員が別紙目録(一)(二)記載の土地、建物に立入つて就業すること並びに製品、材料を搬出入することを、口頭で中止の説得をする以外の方法で、妨害してはならない。

申請費用並びに抗告費用は相手方(被申請人)の負担とする。

事実及び理由

一、抗告代理人は「原判決を取消す。相手方は抗告人の役員、従業員が別紙目録(一)(二)記載の土地建物に立入つて就業すること、抗告人並びにその取引先が製品、材料を搬出入することを妨害してはならない。抗告人の委任する宇都宮地方裁判所執行吏は前項の趣旨を公示するため、適当な措置をとらなければならない。申請費用は相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由は別紙添付の「抗告理由書」のとおりであり、これに対する相手方の答弁は別紙答弁書のとおりである。

二  当裁判所は次のとおり判断する。

(一)  当事者間の争議等の経過及び状況

当事者間に争のない事実および当事者双方の提出した疏明資料によると、次のとおりの事実が一応認められる。

(1)  抗告人は東京都品川区大崎本町三丁目五七五番地に本社事務所および本社工場を栃木県那須郡烏山町に烏山工場を設け自動二輪車、軽自動二輪車、原動機付自転車等の製造販売を業とする資本金三億円の株式会社であり相手方は抗告人の烏山工場従業員約一一〇名をもつて組織する労働組合であつて、抗告人本社事務所及び本社工場従業員約一二〇名をもつて組織する総評全国金属労働組合東京地方本部目黒製作所本社支部(以下単に本社支部組合という)とともに目黒製作所労働組合連合会(以下単に連合会という)を構成している。なお、抗告人の従業員中相手方及び本社支部組合に所属しない者の間には、烏山工場関係の約九五名が組織する株式会社目黒製作所烏山工場新労働組合及び本社事務所本社工場関係の約一七〇名が組織する株式会社目黒製作所新労働組合(以下両者を一括して新組合という)がある。

(2)  抗告人はその企業経営が悪化するに伴い川崎航空機工業株式会社(以下単に川崎航空という)との間で、技術交流生産分野の協定、資材購入の円滑化、販売網の拡大等を目的として業務提携をすることになり、昭和三五年一一月一一日川崎航空が抗告人発行株式五〇万株を買取ること、川崎航空は抗告人に対し取締役三名以上を派遣すること等を含む「業務提携に関する基本的覚書」を作成した。

(3)  これについて抗告人は労働協約第二二条第一項に基き、抗告人と連合会及び相手方との協議会において、右業務提携に関し説明し、意見を求めたところ、連合会側は抗告人が川崎航空の支配下におかれ、企業合理化に伴う人員整理があるのではないかと憂えそのようなことを行わないことを文書をもつて確認するよう要求したので、抗告人もこれを認め、同年一一月未頃の協議会において、川崎航空との業務提携に関連して人員整理は行なわない旨の確認書を連合会に手交した。

(4)  その後連合会は昭和三六年二月二日抗告人に対し、一律月額四〇〇〇円の賃上げを要求した。

(5)  これに対し抗告人は同月一一日当時立案中の会社再建方策の成案を得るまで回答を留保する旨通告したが、一応同月一六日、二〇日、二五日、同年三月二日、三日の五回に亙り連合会と団体交渉をしたが何等の進展をみず、同月六日に至り、抗告人は、従業員七六名の整理解雇を骨子とする企業合理化による再建要綱を発表すると共に賃上げの要求には応じられない旨を明らかにした。

(6)  ところが連合会は抗告人の態度を不満とし、同年二月一六日闘争宣言を発し、同月二二日及び二三日の両日烏山工場歯切職場及び本社工場ホイール組立職場において反覆して二四時間部分ストライキを、同月二四日から無期限に本社工場製造部工作課において出張拒否の争議行為を同月二四日から二七日まで烏山工場において毎日各一時間の全面時限ストライキを、同月二七日から同年三月八日まで本社工場二五〇CCS7型車輛組立職場において反覆して第一ないし第三波の七二時間イトライキを、同年二月八日から同年三月六日まで本社工場において組合員三名による指名ストライキを、同年三月一日から三日まで本社工場において組合員二名による指名ストライキを、同月八日から一一日まで、及び同月一三日から一六日まで本社工場及び烏山工場において反覆して二四時間全面ストライキを決行した。

(7)  そこで抗告人は前記部分ストライキには、これが行われた戦場及び作業上これと関連のある職場につき相手方及び本社支部組合の組合員に対する部分ロツクアウトをもつて対抗したがストライキが前記の様相を呈するに至つたため、これに対抗して同年三月七日連合会に対し、全事業場において同月八日から無期限ロツクアウトを行うことを通告した。ところが、本社工場においては、連合会側は、抗告人の非組合員、新組合員たる従業員が就労のため入場しようとするのを人垣を造り、さらには正門、通用門等に抗告人の資材でバリケードを構築し、或は消防用ポンプ、バケツ等で放水して入場を阻止し抗告人の通行障害物の除去、出入阻止の中止、工場からの退去要求があつたにも拘らずこれに応じなかつたため、抗告人は同月九日東京地方裁判所に本社支部組合を相手方として仮処分の申請をした。そして同裁判所の勧告により同月二〇日労使間において冷却期間(三月二〇日午後四時四〇分から同月二三日午後四時四〇分まで)を設け、この間争議解決の手段につき抗告人と連合会の間に交渉が行われたが、全従業員の就労によつて操業しながら団体交渉を重ねて紛争を解決すべく主張する抗告人と、抗告人と連合会等との間に締結されたユニオンシヨツプ協定により新組合の組合員の解雇もしくは不就労を前提としない限り抗告人の生産再開に応じられないとする連合会側との間に妥結点が見出されないまま冷却期間が経過し連合会側は再び二五〇CCS7型組立工場を占拠し、非組合員たる従業員の入場を阻止するに至つた。東京地方裁判所は同年三月二八日本社支部組合に対し同組合の本社工場建物に対する占有を解き抗告人の委任する東京地方裁判所執行吏の保管に付すること、執行吏は右建物を抗告人に使用させること、同組合は抗告人従業員が土地建物に立入つて就業すること並びに製品材料を搬出入することを口頭でその中止を説得する以外の方法で妨害してはならない旨の仮処分命令を発し同月三一日より本社工場は非組合員、新組合員による生産を再開した。

(8)  抗告人のロツクアウト通告後における烏山工場の争議の概況は次のとおりである。

(イ) 抗告人はロツクアウト通告と同時に相手方事務所、従業員食堂、便所及び通用門からこれらに通ずる最短距離の通路を除く烏山工場構内への相手方組合員の立入を禁止しその旨明示するため立札、貼紙、繩張を設けたが、相手方はこれらを破棄すると共に立入禁止区域に立入り抗告人から度々抗議し、退去要求があつたに拘らずこれに応じないのみならず、抗告人が再びこれを設けると直ちに破棄した。

(ロ) 相手方は同年三月一四日連合会指令に基くものとして抗告人に対し無期限に出荷拒否を通告し、同月二四日には抗告人の下請工場である鈴木製作所が外注部品を引取るためオート三輪車に積込みをはじめたところ相手方は外部団体員を含む約三〇名で路上に立並び、或は座込んで搬出を阻止し、又、同日他の下請工場の野沢鉄工所が納品をオート三輪車に積んで工場内に搬入しようとしたところ、相手方委員長が車の前に立塞がつてこれを阻止し結局いずれも右搬出入の断念を余儀なくさせた。

(ハ) 同年三月二八日相手方組合員約一〇〇名が本件工場事務所になだれ込み、抗告人側の阻止にもかかわらず、総務部事務室、工場長室会議室事務所二階倉庫に侵入し、その後再三に亘る抗告人の退去要求にも応じないで同年四月一九日までロツクアウトにより立入禁止中の工場事務所を相手方組合員で占拠し、この間三月三〇日及び四月一日には就労のため工場に立入ろうとする新組員に対し相手方組合員は約一〇〇名で工場正門口前にピケラインを張つてその立入を阻止した。

(ニ) 同年四月五日抗告人が北関東運輸株式会社烏山営業所に依頼し、同所の小型トラツク一台で製品(クラツチスプロケツト)を搬出しようとしたところ、相手方は工場正門に長椅子二脚を横に並べ、約二〇名がこれに腰をかけ右車輛の入門を阻止し、右阻止を中止するよう説得に赴いた小川工務部長らを四、五〇名でスクラムを組んで押し返し、遂に右搬出を不能ならしめた。

(ホ) 同年四月六日烏山工場関係の新組合員全員が就労のため立入ろうとしたところ、正門では約六、七〇名の相手方組合員及び外部団体員が人垣をつくつてこれを阻止し、その間裏門に向つて新組合員は相手方組合員等約三〇名に阻止されて揉み合となり新組合員のうちには高さ二米の崖下に突き落されて負傷するものもでた。かくて漸く工場に立入つた新組合に対し組立工場前で就労指示をしようとした谷岡製造部長等を立入禁止区域内に侵入していた多数の相手方組合員がスクラムを組んで押し返し或は背後から突き飛ばすなどして業務指示を妨害し結局就労を断念せざるを得ざらしめた。

(ヘ) 同年四月一七日村田工機長以下抗告人の役職員以下一五名が製品搬出のため北関東運輸株式会社のトラツク大型二台小型一台を伴つて工場正門に至つたところ、約六〇名の相手方組合員は正門に四重のスクラムを組んで抗告人所有の空ドラム缶四八本を持出して正門から工場に通ずる坂道にこれらを立て並べ、更に自動車清掃用ホースを水道栓に、消防用ホースを消火栓につなぎいつでも放水できる準備をした上抗告人側の数回に及ぶ説得懇請にも応じないで構内立入りを阻止し、抗告人側が止むなくこれを突破しようとするや肱でついたり足蹴にしたりして江畠計画課長、中村本社計画課長を負傷せしめ遂に抗告人をして製品の搬出を断念せしめた。

このようにして相手方は実力により抗告人の就業を妨害してきたため、抗告人としては非組合員、新組合員の就労により操業を継続し製品を生産することを得ず本社工場内にある製品を搬出することも全くできない状態であつたところ、相手方において就労の申出をしたので同年五月六日相手方組合員に対しロツクアウトを解除し同月八日から就業するよう業務命令を発したが、相手方はこれに従わず従来と同様工場正門前にピケラインを張り抗告人の非組合員新組合員の就労を実力で阻止し抗告人の操業を不能ならしめていることはロツクアウト解除前と同一の状況にある。

(二)  被保全権利(争議行為の当否)

(1)  右に認定した事実によれば、抗告人の烏山工場を構成する別紙目録(一)(二)記載の土地建物(以下本件工場という)が抗告人の所有であり相手方の前記方法、態様による妨害を受けているのであるから、抗告人はその妨害を受忍すべき特段の事由がない限り所有権に基き右妨害の排除を求めることができ、又将来も妨害のおそれがある限りその予防を求めることができるものといわねばならない。

(2)  相手方が連合会の指令に基きストライキを決行中本件工場の一部を占拠し、抗告人がストライキの前記様相に応じて連合会に対しロツクアウトを通告したことはさきに認定したとおりであるから抗告人は相手方の組合員による職場占拠や右のような妨害行為を受忍すべき義務はない。それは、労働者は本来自己の所有しない生産手段を支配する機能を有するものでないところ、ストライキを行い、又はロツクアウトを受けて労働者が契約に基く労働に従事していない場合においては、生産手段を労働に従事している通常の場合のように事実上支配することも使用者によつて容認さるべき理由が失われるからである。

相手方は、本件ロツクアウトの通告にはその成立の要件としての事実上の閉出行為がないから、法律上のロツクアウトとしていまだ成立していないと主張するが、ロツクアウトは使用者がその生産手段を労働者の集団に対し遮断して労務の受領を集団的に拒否することをその内容とするもので、これによつて賃金の支払を免かれ、労働者に圧迫を加えると共に、自らの操業停止により負担を軽減することを目的とする争議行為であつて、その手段としては、必ずしも労働者を作業場から閉出する行為を必要とするものではなく作業場閉鎖すなわち、労働者に対する作業供給の停止の通告で足りると解するを相当とするから右主張は採用できない。又本件ロツクアウトは新組合結成後になされたものであることは後記認定のとおりであるから、右のロツクアウトの行使自体が相手方組合の分裂を積極的に意図し団結権を侵害する違法のものということはできない。なお相手方は、本件ロツクアウトは新組合員の就労によつて抗告人の操業を継続することを目的として行われたものであるから本来自ら操業を停止することを前提として許されるロツクアウトの本質と矛盾するもので違法であると主張するが、ロツクアウトが労働者の労務提供の受領を拒否することをその内容とする結果、その限度で使用者の操業停止が生ずることは当然としても、これは使用者が労務提供の受領を拒絶する相手方である労働者との間に生ずる相対的現象に過ぎないのであるから、他に労務の提供をなす労働者がある場合に使用者がその就労によつて操業を維持することとは必ずしも矛盾するものではないし又もとよりロツクアウト中における使用者の操業の自由を否定する理由もないのであるから右主張も採用し難い。

相手方は、本件ロツクアウトは抗告人が新組合の組合員の就労を認めて操業を継続することにより専ら相手方の組合員に心理的動揺を与え、組合の切崩しをなさんとする企図に出た不当労働行為であると主張している。しかし、先に認定したような相手方の行つたストライキの様相から考えれば、使用者たる抗告人がその対抗策として無期限の本件ロツクアウト(これが同年五月六日解除されるに至つたことは前記認定のとおりである)をなしたことは合理的理由がないものとはいえないし、後に判示するように抗告人に操業を継続する切実な要求が存した以上、仮りにロツクアウトの結果相手方の組合員に多少心理的影響を与え、組合の団結に影響を生じることがあり、又抗告人が新組合員の就労を期待することが可能となつたとしても、争議中といえども使用者は操業の自由を有するわけであるから、組合の分裂が抗告人の積極的切崩しにより惹起されたというような場合は別とし、当初から正当な手続によつて二つの組合が結成されている場合他に特段の事情のない限り右ロツクアウトの原因が組合切崩しの意図にあつたものと推認することはできないし、又本件で抗告人が積極的に相手方切崩しにより組合の団結に不当に介入したことを認むべき疏明資料もないから、相手方の右主張は理由がない。

(3)  相手方が主として本件工場の出入口附近で抗告人の従業員の立入を実力で阻止し又は阻止する態勢にあることは前記認定のとおりであるから、これにより抗告人が本件工場を生産に使用することが不能となり、その所有権の円満な状態が妨害されているものと認むべきであつて、抗告人に操業の自由がある以上右に認定したような妨害を受忍すべき義務はないものといわねばならない。

相手方は、抗告人との間にユニオンシヨツプ協定が存する以上、本件争議発生後である昭和三六年二月二六日以降相手方組合を脱退して新組合に入つたものは本来抗告人から解雇さるべきものであるから、抗告人のため就業を許さるべきものではなく、仮りにいまだ労働契約上の権利を失わないとしても相手方が争議を行つている間においては、自己の賃金請求権を確保することによつて満足すべきであるのにその限度を超えて就労しようというようなことは、相手方の団結権、争議権を侵害するものであつて、同じ労働者として背信行為であるというべく、又抗告人がその就労を許すことは、労働協約違反であり、従つて、相手がこれを阻止するために行うピケツチングはある程度強力なものとなつても直ちに違法視することはできないと主張する。そして、当事者間に争のない事実と疏明によると、相手方のいうように、抗告人と連合会、相手方及び本社支部組合との間に締結された労働協約第三条にはその各号に定めた者(課長以上の職制、臨時雇傭の者等)を除く抗告人の従業員はすべて相手方又は本社支部組合の組合員でなければならず、抗告人は右各組合の脱退者又は被除名者を解雇しなければならない旨のいわゆるユニオンシヨツプに関する条項があり、又同第三六条第一項には抗告人は相手方等の行う争議行為に対し、第三条に定められた非組合員並びに当事者間で協定した争議不参加者以外の者を使用して不当な争議妨害行為を行わない旨のいわゆるスキヤツプ禁止に関する条項があること、新組合は本件争議発生後たる昭和三六年二月二六日頃相手方及び本社支部組合の方針を不満としてこれを脱退した者が組織したものであることが一応認められるので、右事実によると、抗告人が新組合の組合員を就労させることは一見右協約第三条第三八条第一項の規定に違反するもののようにみられないわけではない。おもうに、前記のような労働協約はこれによつて、組合の分裂を防止し、その団結を強固にすることを主たる目的として定められたものであるが、それは組合の結束が一応の統一を保つていることを前提としているものと解すべきである。ところが、当時約二一〇名の相手方組合員のうち約九〇名、約三一〇名であつた本社支部組合員のうち約一七〇名は連合会の方針が斗争第一主義であり組合の運営方法が非民主的であるとして、それぞれ、脱退して新組合を組織するに至つたものであつて、その集団的脱退及び新組合の結成は相手方の団結権を侵害することを目的としたものではなく、専ら自己の理想とする労働組合の結成を目的としたものであることが疏明されている。従つてこのように多数の組合員が集団的に脱退したため前記条項の目的とする組合の統一的基盤が失われてしまつたような場合においては、も早前記協約条項の効力は新組合員には及ばないものと解するのが相当であり、従つて又、争議時においては代理労働者の就業を禁止して労働組合の争議の実効を期し、引いては団結の強化を図ることを目的とするスキヤツプ禁止協定も、右と同様の意味において、新組合員を適用の対象とすべきではないと解すべきであるから、相手方の右主張も採用できない。

なほ、相手方は新組合の結成は、抗告人がその経営政策上の基本的態度に基き、労働組合の御用組合化又は弱体化を企図し相手方及び本社支部組合の切崩し工作を行うための不当労働行為であると主張するが、右主張事実を肯認するに足る疏明はない。

以上を要するに、本件工場における相手方の前記一連の行為は通常ピケツチングの範囲として容認さるべき言論による説得、団結の示威等による入門阻止又は就業阻止の限度を逸脱したものといわなければならない。そして相手方の右行為は、抗告人が争議中といえども操業を休止すべき事由がないのに、その意に反して操業不能の状態に至らしめたものであるから、操業の自由を侵害するものというべきである。

そうすると、さきに認定したような妨害の態様からすれば将来も同様の妨害が生じるおそれがあることは容易に推認されるから、抗告人は本件工場の所有権に置き相手方に対しその妨害の予防を求める権利を有するものといわなければならない。

(三)  保全の必要性

抗告人は前記のとおり相手方に対し妨害の予防を求め得る権利を有するところ

(1)  相手方は先に認定したように、抗告人が本件ロツクアウトを解除し、相手方組合員に対し就業するように業務命令を発したにもかかわらず、これに従わず、抗告人の従業者が就業のため立入ろうとするのを実力をもつて阻止し、且つ阻止し得る態勢をとつており

(2)  抗告人はその製品の一部を直売するほか、すべて契約代理店に仕切販売しているが、右代理店は抗告人の業績低下による企業合理化を必要とする事態にあるにもかかわらず、抗告人の再建を信頼し、抗告人の資金繰りの援助のため仮受金前受金の形で約束手形を振出してきたが、本件争議のため二輪車業界における支配的車種であるCA型、DA型の生産供給が後記のとおり中絶しているため代理店自身の営業に支障を来たしており、これら代理店は抗告人の正常な製品供給が中絶すると、この面から倒壊するおそれがあり、これら代理店が振出し、抗告人が受取つて金融機関に割引いた手形(昭和三六年三月末現在約五億二、四〇〇万円)を抗告人に買戻しを強制されることになるところ、昭和三六年五月末現在における抗告人の契約代理店からの仮受金前受金は二七八七万七〇〇〇円に達していること、抗告人は本社工場で車輛組立並びに完成品検査を行い、本件工場で車輛組立に使用するエンヂン・ミツシヨン(変速機)、及び既販車輛の補修部品を生産しておるため、本件工場の操業ができないと、本社工場の操業もできない関係にあり、結局抗告人全体の生産能力は本件工場の担当するエンヂン・ミツシヨンの生産如何にかかつているところ、本件工場における操業が前記のように相手方によつて阻止されているため、このままの状態が継続すれば抗告人は再建はおろか、再起不能の打撃を蒙り回復できない段階に立至るおそれがあることが疏明される。

(3)  更に、本件工場は、一二五cc・CA型エンヂン・ミツシヨン、一七〇cc・DA型エンヂン・ミツシヨン、二五〇ccS7型ミツシヨン、五〇〇IK型ミツシヨンの生産を担当しており当工場施設全部を平穏に操業するときは、抗告人は同工場関係の新組合員により全体の七〇パーセント、外注加工の方法により全体の三〇パーセント、合計生産予定量の一〇〇パーセントを遂行し得るが、現実には右工場の操業が前記のように不能となっているため、外注工場での生産に依存してきたが、前記CA型DA型はエンヂンとミツシヨンが結合した構造を採用しているため両者を分離することができず一方エンヂン製造に高い精密度を要求されるので工作機械や治具工具等生産設備の関係から本件工場以外で生産することは不可能であり、IK型は、大型機種であるため特殊用途のみに需要が制限される結果、現在のような非常事態の下では赤字生産を覚悟で生産するには適せず、従つて本件工場の操業不能を外注工場の動員によつてカバーしようとしても実際に生産し得るのはミツシヨンのみの製造であるS7型一機種に限られることになる。ところが、本社工場ではその新組合員と非組合員たる職制のみをもつて再建要綱に予定されている昭和三六年六月における生産予定のCA型五〇〇台、DA型三〇〇台、S7型七五〇台、IK型六五台、合計一六一五台の組立を完全に消化し得る能力があるのに、本件工場からの生産供給がないため、実際はS7型のみ日産三〇台(一月二五日操業として七五〇台)程度生産できるに過ぎない。又昭和三六年四、五月におけるミツシヨン・エンヂンの生産予定数は各種合計二六二〇台に対し、生産実績はS7型ミツシヨンのみ八五〇台で生産高において約四四〇〇万円の生産損失を受けたことになり、しかもその生産原価は再建要綱の予定価格九、九〇〇円の約二倍の一九、〇〇〇円に達している。このようにエンヂンミツシヨンの生産が制限されているため完成車輛が著しく減少し、昭和三六年三月末本社工場における手持在庫を利用してきたが、同年四、五両月の生産予定数二六二〇台、この仕切価格合計金三億一四三九万円に対し、実績数は一七一四台この仕切価二億二九九八万八〇〇〇円に止りこの二月の生産減は約八四四〇万円に達し、季節的に自動二輪車需要の最盛期にさしかかつているので、このような生産実績の不振は、そのまま販売高の激減となつて表われており右両月中の売上高は予定額に対し一億六〇〇万円以上の不足を生じ、資金繰りがつかず従業員の給料も未払の状態にありこの状態は本件工場の操業が阻止される限り六月以降も継続する実情にあることも疏明される。

以上の事実から考えると抗告人の本案請求権保全のため妨害を予防する適当な措置を構ずべき仮処分の必要があるものというべきである。

(三)  以上のとおりで、本件仮処分の申請は被保全権利及び保全の必要性の存在につき疏明があつたものというべきであるから抗告人の本件仮処分の申請はこれを認容すべきである。従つて被保全権利がないとして抗告人の申請を却下した原決定は不当であつて、抗告人の本件抗告は理由がある。よつて、原決定を取消し、抗告人に保証を立てさせないで、右権利保全に必要な範囲内において主文第二項のとおり仮処分命令を発することとし、申請費用並びに抗告費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用し、主文のとおり決定する。

昭和三六年七月一四日

東京高等裁判所第三民事部

裁判長判事 薄 根 正 男

判事 元 岡 道 雄

判事 小 池 二 八

(目録省略)

抗告理由書

原決定は、事実の認定において重大な誤謬を犯し、而も、かかる誤つた認定事実に対して、全く間違つた法律判断を加えている。以下その主要な点を指摘すれば左の通りである。

一、原決定は、相手方が現に占有しているのは守衛所のみであるという。而しながら、原決定自体認定しているように、相手方はピケ或いは物的障碍を設けることによつて、抗告人側が本来許された業務遂行のため工場敷地内に立入ることを全く不可能ならしめているのであり、守衛所は単にかかる違法不当な業務妨害行為を何時なんどきでも敢行し得るような態勢を維持するための待機場所にしているから常時滞溜しているのにすぎない。すなわち、事実の真相は、相手方は、常時工場内を自由に濶歩横行し得て居り、抗告人側は、工場敷地内に立入ることすら相手方のために完全に阻止されているのであつて、かかる事実よりすれば工場の土地、建物が果していづれに帰属しているかは、言わずして明らかである。

原決定の前記認定は、人が現実にその身体を以て目的物を場所的に閉塞している状態のみを占有と解しているのであつてそもそも占有という法律概念自体において甚だ初歩的な誤りを犯しているのである。

二、原決定は、相手方の守衛所に対する占有は争議中と雖も相手方独自の立場で工場その他の施設の保安、警備をなすべき責任を有するとの見解に基くものと認めて、右見解を是認するが如き判断を示している。

而しながら、労働争議中であると否とを問わず労働組合が会社の施設に対する保安・警備の責任を負担する理由は全く考えられないのであつて、仮に相手方がかかる見解を抱いているとしても、(その旨の疏明は一切見当らない)、それが、相手方の本件工場施設不法占拠の弁解となる筋合いではない。

三、原決定は、相手方がピケラインを張り、待機しているのは主として立入禁止区域以外の組合事務所、食堂・便所及び正門よりこれに到る通路附近であるから不法に工場構内を占拠しているとは言えないと言う。

而しながら原決定は同時に右ピケラインの目的は、新組合の就労阻止、会社役職員その他の第三者による製品材料の搬出入阻止のためであることを認めて居り、而して右目的は、原決定の前後を通じて現在に到るまで完壁に達成されているのである。およそ、相手方の工場占拠行為の態様並にこれに対する法的評価は、相手方組合員が平素唯単に待機している場所のみ、あるいは、たまたまこれまでかかる妨害行為をなした場所のみを論ずることは無意味であつて相手方がかかる行為によつて現実に工場構内のどれだけを事実上の支配下に収めているかをこそ論じなければならないのである。かかる正当な観点よりすれば相手方の占拠が工場構内の全般に及んでいることは前記第一項に述べた通り何人の目にも明らかなところであつて、原決定の判断は全く機械的な誤つた判断と言わねばならない。

四、原決定は、本件労働争議を紛糾させた最大の原因は会社側の態度が悪いからであるとなし、その理由として

(一) 会社は昭和三十五年十一月相手方に対して川崎航空との業務提携による人員整理は行わないと約束しながら、その三ケ月後に企業合理化に伴う人員整理として七六名の従業員を指名解雇によつて整理する旨の再建要綱を発表したこと

(二) 右再建要綱発表に当つては、突如、しかも賃上げ争議中に発表したこと

(三) 右発表につき労働協約上の協議を経ていないこと

(四) 相手方に対し、攻撃的、且、新組合との間に差別的なロツクアウトをなしたこと

(五) 相手方の抵抗乃至は、突発事故は、直ちに違法呼ばはりしてその排除のみに固執して争議の根本的解決を怠つていること

等々をあげている。

而しながら、

右(一)に対しては、抗告人が昭和三十五年十一月、相手方に対して人員整理を行わないとの約束を与えたのは、川崎航空との間に業務提携をなすのに関連して、換言すれば、この業務提携の内容として人員整理を行うことはないとの趣旨であつて、およそ、いかなる意味でも人員整理を行わない等と約束したのではない。かかる約束がそもそも出来る筋合いでもないことは若干の社会通念の持主ならば敢て多言を要しないことである。この点については、原決定の文言自体、まるで筋の通らない言分であることは一読明らかである。

而して、会社は再建要綱を一方的に実施すると言つて発表したのではない。「再建要綱案」を示して相手方組合に協議を申入れたのであり、之に対して相手方は、全く協議に応じようともせず、忽ちのうちに全面ストライキに突入してしまつたのである。

この経緯は抗告人の提出した疏明にすべて明らかであるのみならず、他面、原決定認定の如き事実は何等の疏明もない。原決定が何をもつてかかる事実認定に到つたのか、抗告人としては全く理解出来ないところである。

右(二)に対し、原決定が殊更に「突如」と表現する意図は理解出来ない。いかなる再建案も、その発表の最初は必ず突如である。若し原決定が会社の再建要綱案提示を、即時実施の趣旨で発表したものと解して殊更に「突如」と言うのであれば、それは、根本的な誤認であること右述の通りである。

又、再建案提示が賃上げ争議中であつたことを非難するのも全く現実を無視している。いまや人員整理を敢て行わざるを得ない企業がその様な悲運の状況下において賃上げを論ずることが出来るのであろうか。若し、若干でも賃上げをなすとすれば、それは当然、所要の企業整備を実施した上での事情を前提として考える外はない。勿論、賃上げ要求以前に再建案を提示すれば恐らく、このような見当違いの非難を蒙ることもなく、却つて、労働組合の側が再建案論議中に賃上げ要求をなすことの非常識さを難詰されたであろう。而し、事これに反して、先に賃上げ要求が出たからと言つて、企業はその必要な自己存続のための措置を廃する訳には行かず、労働組合の要求が偶々賃上げ要求であればこそ却つてこれと同時に再建案の検討論議を求めざるを得ないのである。

右(三)に対しては、そもそも抗告人再建案提示が相手方との協議を求める趣旨であつたのであるから、この点は全く事実を逸した見当違いの非難にすぎない。

右(四)に対して、抗告人が相手方に対してロツクアウトをなしたのは、既に相手方が数次に亘りストライキを繰り返した揚句、いよいよこれを強化継続すべきことが明らかとなつた時であつて、原決定がどの点を捉えて攻撃的ロツクアウトとなしているのか抗告人には全く理解出来ない。原決定は、あるいはいわゆる攻撃的ロツクアウトという用語を誤解しているのではあるまいか。

又、このロツクアウト実施に際し抗告人は新組合に対してはロツクアウトを及ぼさなかつたのは差別待遇であるというが、新組合と抗告人との間にはそもそも労働紛争は存在しないのである。労働紛争なきところにどうしてロツクアウトを考えられるのか、之亦全く理解に苦しむところである。この点に到つては、原決定のロツクアウトそのものに関する理解の程度すら疑問とせざるを得ない。

右(五)に対しては、抗告人が違法行為の存在については、苟しくもこれをなおざりにする意思は毛頭ないこと原決定の言う通りであり、この点について何等非難さるべき節はないと信ずる。而し、さればとて争議の根本的解決を疎かにしている等ということは絶対にない。原決定の論法を以てすれば労働組合がいかに違法行為を犯しても、会社はひたすら眼を瞑り平身低頭して解決を求めよと言わんばかりである。かかる論旨は我国労働法の分野において疾くに払拭された誤つた考え方であることは今更言うまでもない。

以上指摘した通り、原決定の抗告人に対する非難はすべて、全く誤つているか乃至は殊更なる先入主に導かれているものであつて、かかる観念を前提としているために原決定はその結論を全面的に誤つたものである。

五、原決定は、労働争議中、使用者が操業に使用し得る労働力は争議開始当時における非組合員たる従来の従業員に限られ、而もその従業員のなし得る労働の態様も、その固有のものに限定されるものとなし、その理由を使用者の操業継続は、労働組合の争議行為に対する対抗方法として理解されるべきものであるとの見解に求めている。

なるほど労働争議中にも拘らず使用者が極力本来の操業を維持しようとするのは、争議行為に対する対抗手段しての意味を持つことは事実である。而しながら、ここに亡れてはならないのは、右の対抗手段というのは、経済的意味において然るのであつて法律上、操業継続行為が労働組合の争議行為に対する対抗手段なるが故に許されているということではないという点である。労働組合がいかなる争議手段に訴えようとも、使用者はその当然の行為として操業を継続し得ることはいうまでもなく、その行為には法律上何等の制限も課せられていないのである。勿論、正当な争議行為のために全く平常通りの操業が妨げられることがあるのは言うまでもない。而しその場合もその範囲で使用者の何等かの権利乃至は権限が縮限されるのではない。当該争議行為が正当なるが故に、右操業阻害の点について労働組合に対し民事上の責任を追求し得ないと言うに止るのである。これを端的に言えば使用者の所有権その他の権利の内容が縮限されるのではなくして、これより生ずる損害賠償請求権等につき、労働組合側に抗弁事由が生ずるにすぎないのである。原決定はこの間の法律構成について全く理解を欠いていると言わざるを得を得ない。

更に右の点は暫く措くとしても、原決定の挙示するような理由で使用者の利用し得る労働力が原決定の言うような制限を受けるということは到底是認し難い。原決定の論旨は、一種独自の見解としては免も角、法律上の理論としては到底受け容れることの出来ないものである。

六、原決定は又、ストライキ中の組合の分裂――集団的脱退――第二組合結成という過程一般について独自の注文をつけている。

かかる労働組合側の内部的事実について抗告人は本来何等関与するところでもなく、いわんや、原決定の論ずるが如き本件申請事件を直接関係のない一般論的論説については敢て批判する必要も認めない。

而しながら、「むしろ反対に解すべき特別の事情の認められない限り組合結成の決定的要目は以心伝心的に会社の意を迎へて組合ないし争議の切崩しを企図したものと推測すべし」との判示については絶対に承服し難いところである。事実認定に関するかかる判示はそれ自体何等の理由もないばかりでなく、労働運動に対する極端な色眼鏡的見解であり、むしろ、労働者の自主的決定に委ねられている筈の団結権の行使について、却つて、不当な拘束を課する以外の何物でもない。原決定のかかる判断が果して如何なる根拠に由来するものであるか、本抗告により再度の考案を得て改めて原裁判所の詳細な法律論的解明を期待するものである。

七、原決定は、相手方組合の新組合就労阻止が団結権、争議権防衛のための必要限度を超えないものと判示するけれども、かゝる判示が前述の如き全然誤つた見解に立脚するものである以上、右結論は全くとるに足らないものと言うべきである。

八、原判決は、又非組合たる抗告人の役職員による出荷業或いは、社外の第三者に対する工場構内における製品引渡業務について、いずれもこれを抗告人側の協約違反の行為として法律上の保護を否定するけれども、その根拠とするところが前述の通り独自の一見解に止る程度の理由であつて法律上全く無意味であるとすれば右結論がいずれも全く取るに足らない誤つた議論であることは言うまでもない。

九、原決定は、争議を自己の有利に導くための手段として司法上の仮処分を求めることは許されず、本件の場合は、司法的介入を避くべき事案と判断したと述べている。而しながら、かかる見解こそ、原決定の最も致命的誤謬であり、労働組合法第一条第二項の解釈を誤り、暴力を伴う違法争議行為に加担するものというのほかはない。抗告人は本件申請を争議の一手段としているのではもとよりない。民事訴訟法に基く保全処分の所定の要件を充足していると確信するが故に、法によつて与えられる保護を求めて申請したのである(尤も、原決定の論旨に傚えば、「むしろ反対に解すべき特別の事情の認められない限り」使用者側よりする労働事件関連の仮処分申請は、「争議を自己に有利に導くための手段として」利用しているものと「推測すべき」ものというのであろうか。)。而して裁判所は、法律の要求する要件を具備する限り、求められた法の保護を与えなければならないのである。勿論、行政事件訴訟特例法第十一条の如き特段の規定があれば格別、本件においてはかかる事由は毛頭認められない。

一〇、以上述べた如く、原決定は本件争議の実情について重大な誤認を犯すと共に、極めて無理な独自の議論を展開した上、本件申請を却下したものというのほかなく、当然違法として取消さるべきものと思料する。本件の判断にあたつては、組合側の誣妄の言に眩惑せらることなく、現に行われている、暴力を以てするところの、役職員、非組合らの就労阻止、製品等の搬出入阻止の事実(この事実そのものは、むしろ組合側も自認するところである)を直視し、一方、かかる組合側の違法行為によつて会社が既に蒙りつつある回復し難い損害を特に勘案せらるべきものと確信する。

よつてここに、再度の考案を期待し、本件抗告に及ぶ次第である。

以上

【参考―第一審決定】

決  定

東京都品川区大崎本町三丁目五七五番地

申請人

株式会社目黒製作所

右代表者代表取締役

鈴木高治

右訴訟代理人弁護士

菊地三四郎

和田良一

渡辺修

竹内桃太郎

栃木県那須郡烏山町四九五番地

被申請人

総評全国金属労働組合

栃木地方本部

目黒製作所烏山支部

右訴訟代理人弁護士

稲葉誠一

岩本義夫

東城守一

山本博

栂野泰二

村野信夫

申請人側訴訟代理人

菊地三四郎

和田良一,渡辺修,竹内桃太郎

被申請人側訴訟代理人

稲葉誠一

岩本義夫,東城守一,山本博,栂野泰二,村野信夫

主文

本件仮処分申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

一、別紙物件目録記載の土地建物に対する被申請人の占有を解き、申請人の委任する宇都宮地方裁判所執行吏の保管に移す。

二、執行吏は、現状を変更しないことを条件として、前項の土地建物を申請人に使用させなければならない。

三、被申請人は、申請人の役員、従業員が第一項の土地建物に入つて就業すること、申請人並びにその取引先が製品、材料を搬出入することを妨害してはならない。

四、執行吏は、前各項の趣旨を公示するため、適当な措置をとらなければならない。

五、申請費用は被申請人の負担とする。

との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

一、(争議の経過)

当事者双方が提出した疎明資料にもとづき、当裁判所が一応認定した争議に至るまでの経過並びに争議行為の状況は次のとおりである。

(1) 申請人会社(以下会社と称する)は、東京都品川区大崎本町三丁目五七五番地に本社事務所及び本社工場を、栃木県那須郡烏山町に烏山工場を設け、自動二輪車、軽自動二輪車、原動機付自転車などの製造販売を業とする資本金三億円の株式会社であり、被申請人組合(以下組合と称する)は、会社の烏山工場従業員をもつて組織する労働組合(現在組合員一一五名)であつて、会社本社事務所及び本社工場従業員をもつて組織する総評全国金属労働組合東京地方本部目黒製作所本社支部(現在組合員約一二〇名、以下本社支部組合と称する)とともに、目黒製作所労働組合連合会(以下連合会)と称するを構成している。

(2) 会社はその企業経営が悪化するに伴い、川崎航空機工業株式会社(以下川崎航空と称する)との間で、技術交流生産分野の協定、資料購入の円滑化、販売網の拡大などを目的として業務提携をすることになり、昭和三五年一一月一一日川崎航空が会社発行株式五〇万株を買取ること、川崎航空は会社に対し取締役三名以上を派遣すること等を含む「業務提携に関する基本的覚書」を作成した。

(3) これについて会社は労働協約第二十二条第一項にもとづき、会社と連合会及び組合との協議会において、右業務提携に関し説明し意見を求めたところ連合会側は会社が川崎航空の支配下に置かれ企業合理化に伴う人員整理があるのではないかと憂え、左様なことは行わないことを文書をもつて確認するよう要求したので、会社もこれを認め、同年一一月末頃の協議会において川崎航空との業務提携に関連して人員整理は行わない旨の確認書を連合会に手渡した。

(4) その後連合会は昭和三六年二月二日会社に対し一律月額四、〇〇〇円の賃上げを要求し、会社と協議した。

(5) これに対し会社は同月一一日の協議会において、当時立案中の会社再建方策の成案を得るまで回答を留保する旨通告したので、連合会は同月一五日の連合会臨時大会において闘争方針をきめ、同月一六日、同月二〇日、同月二五日、同上三月二日、三月三日の五回にわたり、右賃上げについて会社と団体交渉したが何等進展をみなかつた。

そこで連合会側は同月十九日の無期限残業及び休日出勤の拒否闘争を始めとし、同月二二日及び二三日の両日烏山工場歯切職場及び本社工場ホイール組立職場において反覆して二四時間部分ストライキを、同月二四日から無期限に本社工場製造部工作課において出張拒否の争議行為を、同月二四日から二七日まで烏山工場において毎日各一時間の全面時限ストライキを、同月二七日から同年三月八日まで本社工場二五〇CCS7型車輛組立職場において反覆して第一ないし第三波の七二時間ストライキを、同年二月二八日から同年三月六日まで本社工場において組合員三名による指令ストライキを、同年三月一日から三日まで本社工場において組合員二名による指名ストライキを行い、会社側もこれに対抗して組合の部分ストライキに対する部分ロックアウト宣伝を行つた。

(6) その間会社従業員の間には、前記の如く会社が二月一一日の協議会において、目下立案中の会社再建方策の成案を得るまで賃上げ要求に対する回答を留保すると通告したこととも絡んで、会社が指名解雇を行うのではないかとの噂が専ら取沙汰され、組合員の動揺が激しく、烏山工場においては同年二月二八日組合の争議方針に反対して八八名の従業員が組合を脱退し新たに株式会社目黒製作所烏山工場新労働組合(以下新組合と称する)が結成され(現在員九四名)、その頃会社本社工場においても同様に新組合が結成された。

(7) 右のような状況のもとに会社は同年三月六日に至り、従業員七六名の整理指名解雇を骨子とする「企業合理化による再建要綱」を発表するとともに、賃上げの要求には応じられないとするいわゆる零回答を行う一方、翌七日連合会の二四時間全面ストライキ通告に対抗して、本社工場については同月八日午前八時より、烏山工場については同日午前八時三〇分より「新組合員を除き」全面無期限ロックアウトを行うことを通告し、翌九日本社関係について東京地方裁判所に組合に対する立入禁止等の仮処分を申請した。

このため争議はいよいよ深刻の度を増し、連合会は、会社が人員整理を行わなことを確約しながら賃上げ争議中の時期を選んで一方的に人員整理の基準を定めこの基準によつて解雇者を指名するとの態度に出たことは労働協約第二二条(大量の採用異動及び解雇に関する基準は会社と連合会及び組合との協議によつてとり決める。協議が整わなかつたばあいは団体交渉を行う。)第三七条(組合員の人事については連合会及び組合との協議を得て行う。)に違反するとして、争議の主目的を「解雇絶対反対」に切換え、同月八日から一一日まで、及び同月一三日から一六日まで、本社工場及び烏山工場において反覆して二四時間全面ストライキを決行するに至つた。

(8) ところで会社のロックアウト通告後における烏山工場の争議状況は概ね次のとおりである。

(イ) 会社はロックアウト通告と同時に組合に対しロックアウト実施中は烏山工場組合事務所食堂便所及び正門よりこれに通ずる最短距離以外組合員の立入又は使用厳禁を通告し、これを明示するため立札貼紙繩張りを設け工場建物を閉鎖施錠し、会社役職員等非組合員が工場長室事務所等に出勤して工場施設の管理その他の業務に従事していた。

(ロ) 組合は同年三月一四日村田烏山工場長に対し烏山工場の無期限出荷拒否を行うことを通告し、又会社に対しては労働協約第三条(ユニオンショップ協定)により組合から脱退した新組合員全員を解雇すべき義務があり且つ労働協約第三六条により非組合員並びに会社と組合が協定した争議不参加者以外のものを使用し不当な争議妨害行為を行わない義務を負うとして再三右事項のすみやかな履行を要求して団体交渉を申入れるとともに新組合員の就労を阻止する。争議方針を定め、これにもとづき組合員は会社構内に立入り製品材料の搬出入、新組合員の就労阻止を目的とするピケラインを会社正門附近に張り、主として立入禁止区域から除外されている組合事務所、食堂、便所及び正門からこれに至る通路附近に待期している。

(ハ) 会社役職員、非組合員たる保安要員がその本来の業務遂行のため会社構内に立入り工場施設に出入することは自由になされており、後述の約二〇間にわたる組合員の賃金遅払を理由とする工場事務所の占拠を除いては、会社の工場施設、機械、材料等の管理権はこれから役職員によつて終始確保されており、閉鎖施錠された各建物の鍵は会社側が保管しており組合員が工場内の私物搬出のため会社の許可を得て立入つたことがあるほか、組合員によつて工場の窓施錠の破壊等が行われた事実は認め難い。

もつとも執務中の非組合員に対し組合員が罵詈雑言を浴せ或は会社役職員を誹謗し、会社の経営を非難したビラを工場建物に貼布し、非組合員の写真撮影を妨害する等の行為があつたことは認められるが、これによつて業務執行が不能となつた事実は認められず、かかる行為は争議の緊迫した事態に刺戟された突発的行為というべきものであつた。

(ニ) 会社が設けた立入禁止の繩張りが三月一一日及び三月二六日頃数回にわたり一部取壊わされ立入禁止区域に立入つたこと、及び四月三日会社が立入禁止の札を付けた繩を張る作業を組合員が妨害したためその作業を取止めざるを得なかつたことが認められるが、三月一一日の場合は谷岡烏山工場製造部長等が行つた野火が燃え拡がり火災の危険を生じたので組合員が繩張りを壊わして現場で消火に当つた際に起きたもので違法視すべきものでなく、三月二六日の場合は職場大会に参加した組合員の一部が構内を行進中に行つたもので、四月三日の繩張作業妨害とともにその行為のみを取上げれば違法な争議行為に当るとしても、これらは何れも争議の過程中に突発的に起つた事故であり、組合が立入禁止区域の工場施設等に侵入して継続的にこれを占有している事実はない。

(ホ) 同年三月二八日午後三時頃組合員約一〇〇名が、組合の三月分賃金支払要求に対し会社が経理上の理由で直ちに支払いできない旨回答したのに抗議し、工場事務所に立入り、阿久津烏山工場総務部長の賃金支払見通しについての弁明をきき入れず、会社の退去要求を拒んで座込み、以後組合員が交代で事務所を占拠したため、工場事務所における会社役職員の執務が不可能となつた事実はあるが、同年四月一九日会社が組合に対し三月分の末払賃金を支払うと同時に組合は占拠の目的が達成されたとして工場事務所より退去し明渡したので、会社役職員等非組合員が自由に右事務所に於いて執務できる状態に復した。

(ヘ) 同年四月四日組合員の一部が守衛所に立入り、以後組合の立場から会社構内の保安警備に従事する必要があるとして交代で守衛所に詰めている事実はあるが、会社守衛は引続き守衛所に出入りして保安警備に従事しており、これによつてその業務執行が著るしく阻害されているような状況にはない。

(9) 次に組合の行つているピケツテイングの状況は次のとおりである。

同年三月二三日までは労使間に何等衝突がなく、同月二四・二五の両日は組合のピケが行われなかつたので新組合員は平常通り就労したが、

(イ) 同月二四日午前八時三〇分頃会社の下請工場である鈴木製作所中村製作所のオート三輪車が納品のため烏山工場構内に入り、積下ろしの後外註部品を三輪車に積み始めたところ組合員や外部支援団体員等約三〇名が構内の道路上に座り込んで出荷を阻止し、同日午前九時一〇分頃野沢鉄工所がオート三輪で納品のため工場正門に到着したが組合側のピケ隊が車の前に立ちふさがつたので納品できなかつた。

(ロ) 同月二七日午前八時頃新組合員が「工場に入れろ」「我々に仕事をさせろ」等のブラカードを掲げ工場正門から入場しようとしたが、組合は正門前にピケラインを張つてこれを拒み、新組合幹部の入場要求に対し、組合幹部が新組合員はユニオンシヨツプ協定によつて従業員たる地位を失つているから入場させることが出来ないと応酬し、押問答の末新組合員は就労を断念して引上げた。その後も三月三〇日、四月一〇日朝など数回同様の状況が繰り返された。

(ハ) 同年四月五日午後一時五五分頃会社は北関東運輸株式会社烏山営業所に依頼して小型四輪車一台をもつて製品を搬出しようとしたところ、組合員二名が正門前に木製の長腰掛二脚を横に並べその上に腰かけて入構を阻止し、江畠烏山工場計画課長と押門答をするうち組合員一五名位が駈けつけたので、結局会社は車の入構を断念した。

(ニ) 翌四月六日午前八時三〇分頃新組合員一二名が就労のため正門に向かつたところ、組合は約六〇名のピケ隊によつてこれを阻止したが、この間に新組合員約六〇名は工場裏門より手薄な組合のピケラインを突破して工場構内に入つたので、双方がスクラムを組んでもみ合ううち数名が裏門脇二メートル下の変電所敷地に転落し、双方に軽傷者を出す事故があつた。然し組合員多数が谷岡烏山工場製造部長、小川同工務部長を取囲み新組合員に対する就労指示を阻止したため、新組合員は入構したものの就労出来ずに工場内から退去した。

(ホ) 同月一七日午後四時四五分頃、会社は村田烏山工場長、阿久津同総務部長等会社役職員十五名をもつて烏山工場内に保管中の完成部品を搬出し本社工場に輸送するため北関東運輸のトラツク三台にて工場正門前に到着した。これより先栃木県警察本部は会社側の要請により緊急事態に備えて警察官約一五〇名を動員して現場附近に待機させたが、会社の抜打的な出荷強行と多数の警察官動員という事態に刺戟された組合は、約六〇名が四列のスクラムピケを張り、その背後の工場に通ずる坂道にはドラム缶四八本を約一メートル置きに道路一杯に立て、会社の出荷強行を阻止せんとして約一時間半にわたりもみ合いが繰り返された結果、会社はピケを排除できず出荷の目的を達しなかつた。

(10) 最後に、争議解決のためにとられた労使双方の交渉の大要は次のとおりである。

(イ) 連合会は同年三月一七日会社に対し前記労働協約第三条第三六条のすみやかな履行、すなわち新組合員を解雇すること、交渉解決まで新組合員を就労させないこと、連合会組合員の就労を早急に認めることを要求し、これに呼応して組合は翌一八日村田烏山工場長に対し団体交渉を申入れたが、同工場長は烏山工場における団体交渉はすべて本社において行う旨回答した。

同月二〇日会社と本社支部組合は三日間の冷却期間設定のため暫定協定を締結し、同月二二、二三の両日にわたり争議解決の手段について団体交渉を行つたが、全従業員の就労によつて操業しながら団体交渉を重ねて紛争を解決すべきであると主張する会社側とユニオンシヨツプ協定により新組合員の解雇又は不就労を前提としない限り生産再開に応じられないとする本社支部組合との間に妥結点が見出されないまま暫定協定による冷却期間を経過し、同月二四日会社は組合に対し無期限ロツクアウトの継続を通告した。

(ロ) 東京地方裁判所は会社の申請により同月二八日本社支部組合に対し、同組合の本社工場建物に対する占有を解き会社の委任した東京地方裁判所執行吏の保管に付すること、執行吏は右建物を会社に使用させること、同組合は会社従業員が工場建物土地に立入つて就業すること及び製品材料を搬出入することを口頭でその中止を説得する以外の方法で妨害してはならない旨の仮処分命令を発し、翌月三一日より本社工場は非組合員新組合員による生産を再開した。

(ハ) 同月二七日組合は村田烏山工場長に対し就労に関し団体交渉を申入れ、同日及び翌二八日の二日間にわたり会社側は村田烏山工場長、阿久津同総務部長等が、組合側は佐藤執行委員長、高津戸執行副委員長等が出席して団体交渉を行つたが、双方とも前記会社と本社支部組合間の団体交渉におけると同一の主張を繰返して譲らなかつたため物別れに終つた。その後同月三〇日、四月三日、四日、五日にわたり組合は村田烏山工場長に対し三月分賃金末払及び野火((8)(ニ)認定の事実)の件について団体交渉を申入れたが、会社は三月二八日組合の行つた工場事務所占拠を理由に団体交渉を拒否し、四月四日組合を相手取つて当裁判所に対し(本件)仮処分を申請するに至つた。

然し四月八日右仮処分に対する当裁判所の第一回審尋において、組合は就労の条件として必ずしも新組合員の解雇又は不就業を固執しない旨を述べ、自主的解決に委ねるよう求めたので、四月一二日烏山工場長室において会社側村田工場長等、組合側佐藤執行委員長等が出席して団体交渉の事前打合せをした結果、ロツクアウトを解くこと、新旧両組合が就労すること、トラブルが起らぬよう確約すること、仮処分申請を取下げること、との諒解に達したが仮処分申請の取下げについては会社側は本社と相談の上回答するとのことで打合せを了え、翌一三日午前一〇時再開したところ、村田工場長は仮処分申請は就労してからの状況で取下げ手続をする旨回答したため、組合側は先づ仮処分申請を取下げなければ就労することができないと主張して話合いは決裂した。

(ニ) 当裁判は同月一九日の第二回審尋において当事者双方に対し自主的団体交渉を勧告したところ、同月二一日会社本社において鈴木代表取締役、谷口連合会長等が出席して団体交渉が行われたが、組合側は会社がさきに示した企業合理化に伴う再建要綱の人員整理を撤回すること、既に三〇名以上の者が退職届を提出し又は退職を希望しているのでまず希望退職を募るべきこと、若干の賃上げを認めること、ストライキ中の賃金を支払うことを要求し、これに対し会社は前記要綱の整理基準に基く指名解雇の必要性と会社の事業不振を強調して組合の要求を原則的に拒否したため、団体交渉による争議解決の見通しが立たず翌四月二二日の当裁判所の第三回審尋に際しても組合は引続き団体交渉による争議解決を希望したが会社は組合の違法は争議行為が排除されなければ団体交渉には応じられないとの態度を固執した。

二、(執行吏保管の仮処分について)

会社は所有権にもとずき別紙物件目録の土地建物に対する組合の占有を解き執行吏保管に移す旨の仮処分を求めているのであるが、前記認定事実により明らかな如く別紙物件目録記載の建物のうち現に組合が占有しているのは守衛所のみであり、しかも組合の守衛所に対する占有は争議中と雖も組合は独自の立場において会社や新組合とともに会社工場その他の施設の保安警備をなすべき責任を有するとの見解のもとに行われているもので、右占有は排他的ではなく、これによつて会社守衛の会社構内に於ける保安警備業務の遂行に著しい支障を来たしているとは到底認め難く、従つて組合の守衛所に対する占有は会社の所有権ないし占有権を不法に浸害しロツクアウトの趣旨に反するものとは云い難く、また右占有を解かなければ会社に著るしい損害を与えるような必要性も存しないというべきである。

次に組合員の会社構内占拠について検討すると、前記認定事実によれば、組合員は新組合員の就労阻止及び会社役職員その他の第三者による製品材料の搬出入阻止のため会社正門にピケラインを張り会社構内に待機しているが、その場所は主として立入禁止区域から除かれている組合事務所、食堂、便所及び正門からこれに至る通路附近であることが認められるから、その限りでは不法に会社構内を占拠しているとはなし難く、新組合員の就労強行或は会社の出荷強行に対しピケツテイングによりこれを阻止するため組合員が工場裏門その他立入禁止区域内を一時的に占拠した場合においても、次項において述べる如く組合のピケツテイングは適法の限界内にあつてこれを禁止すべき必要性は認められず、又会社役職員、非組合員たる保安要員がその本来の業務遂行のため会社構内に出入することは自由に行われていて何等阻止されておらず工場建物施設の管理権は会社の保安要員が確保しており、ただ既述の如く組合員が会社役職員に対して罵言を浴せ又は会社が設けた立入禁止の繩張りを一部破壊したようなことがあつたが、それは争議の緊迫した事態に刺戟されて突発的に起つた事故に過ぎず、そのほか組合員が工場内に立入つて建物施設を破壊したり事業の存続工場施設の安全を危険に陥入れて会社に著るしい損害を与えるような意図も行為も何等認められないのであるから、組合員の右会社構内一部占拠をもつて会社の工場建物及び会社敷地の所有権占有権を不法に侵害し会社のロツクアウトを破るものということはできない。

会社は「昭和三三年一〇月頃から業績低下を来たしはじめ、昭和三六年二月末現在銀行からの融資、取引先からの仮受金前受金は総額約一億二、一〇〇余万円に達し、本件争議のため既に受註している製品の生産もできず、一日も早く操業を再開し、製品を出荷することが破綻の直前にある会社を救う唯一の道である」旨主張するが、本件争議を長期化し現状のままでは解決困難な事態を惹起している最大の原因は、昭和三五年一一月末項川崎航空との事務提携による人員整理は行わないことを確約しながら、三ケ月後の昭和三六年三月六日に、会社の企業合理化に伴う人員整理であるとして突如しかも組合の賃上げ争議中に労働協約にもとずく組合との協議を経ることなく会社が一方的に定めた整理基準により七六名の従業員を指名解雇によつて整理する旨の再建要綱を発表し次いで同月七日組合に対しロツクアウト宣言を行つてその就労要求を拒み、他方で操業の自由を主張して新組合員の就労を強行せんとし組合員を職場から閉め出す意図を示し(かかる攻撃的でしかも旧組合のみに対するロツクアウトが使用者側の争議行為として適法であるか否かは問題であるが、その点はしばらく措く)組合がこれに対して必死の抵抗を試み或は感情の激発によつて突発的な事故が生ずるや直ちにこれを取上げて違法行為呼ばわりし、かかる違法な争議行為の排除のみを固執して争議の根本的解決えの努力を尽さない会社側の態度に負うところが多い。従つてたとい会社側主張の如き経営上の急迫した事態に立到つたとしても、本件仮処分によつてのみ右危機を打開し得られるとすることは首肯し得ない。

以上認定した本件争議の諸般の状況に鑑み、組合の会社所有建物土地に対する占有を解いて会社の委任する宇都宮地方裁判所執行吏の保管に移し、執行吏は現状を変更しないことを条件として前項の土地建物を会社に使用させなければならないとする本件仮処分申請の趣旨第一項及び第二項の部分は被保全権利を欠き(組合の守衛所占拠については保全の必要性もない)許容できないものである。

以下余白

三、

使用者の工場施設所有権及びこれにもとづく操業の自由はもとより市民法的財産権として保護されるものであるが、一方労働者としても、憲法上争議権が保障せられ、争議行為の本質が労働力の価値を認識させるために必要な限度で使用者の支配を排除することにある以上、争議によつて使用者の操業が阻害されることは当然の帰結であり、争議中における使用者の操業は、平常時におけるそれと異り労働者の正当な争議行為によつて制約されない範囲においてのみ保護されるにすぎない。そして、使用者が操業継続のために使用しうる労働力についても、争議行為に対する対抗方法として理解すべきものであるから、原則として、争議開始当時における非組合員たる従来の従業員に限られ、しかも、その従業のなしうる労務の態様も、無制限ではなく、その固有のものに限られるものといわなければならない。そこで、本件において会社が操業のため使用せんとする各種労働力を、組合の争議行為との関連において順次検討してみよう。

さきに認定したように、会社は昭和三六年三月七日のロツクアウト通告において新組合員を除外する旨を明示し、その後再三会社と新組合とが意思を連絡して就労を強行しようとしているのであつて、会社が操業再開の主要な労働力を新組合に期待していることは明瞭であり、その積極的な根拠として、会社は、「労働協約第三条にユニオンシヨツプ協定があるけれども本件のように大量集団脱退が行われて、右条項の目的とする統一的基盤が失われてしまつたような特別の事情のもとでは、も早右条項の効力は及ばない」と主張する。なるほど、前記認定のとおり、組合と新組合とは、その組合員数においてほとんどきつこうし、外面的に観察すれば、烏山工場従業員の意思が分裂してその統一的基盤を失つたかのごとく見えるけれども、本来の唯一交渉団体であつた第一組合が、その非民主的運営その他の理由によつて内部的に崩壊し、その優勢的多数が脱退して第二組合を結成し、これによつて既存の第一組合が労働者多数の意思を代表せず、少数尖鋭者の集団に化したような場合ならば格別、単に第一組合の争議方針を不満とする組合員が集団的に脱退して第二組合を結成し、その構成員において第一組合と並列しうるに至つたというだけで直ちに労働者の統一的基盤が失われたと断ずることには甚だ疑問がある。近時ストライキ中の組合分裂―集団的脱退―第二組合結成―第二組合の就労強行という過程が労働争議の一類型となつた観があるが、このような類型を、みだりに団結権平等の原則の名のもとに肯定し、従来の自主的規範の適用を拒むことは、かえつて、労働者の団結権を形骸化させる危険性が大きいといわなければならない。特に、本件についていえば、組合のストライキ決議が規約違反あるいは非民主的になされたとの疏明がないばかりでなく、当時の争議方針が別に過激尖鋭的なものであつたと認むべき疏明もないのであつて、さきに認定したところから考えれば、組合がストライキを宣言した当時、会社が企業合理化による人員整理の意図を有するのではないかとの疑念が一般に流れていたことは推測にかたくなく、かかる場合、新組合が分裂結成されスト回避の方針をとるかぎり会社から好意的な取扱を受けるだろうと期待することもまた否定しきれない。従つて、会社が積極的に争議中の組合員に働きかけてこれを分裂させ、新組合の結成を導いた上、これによる操業を狙つたものであることの疏明はいまだ十分ではないとしても(もし、右のような事実が存する場合、組合に対する不当労働行為―支配介入と評価されるべきことは当然である)、むしろ反対に解すべき特別の事情の認められない限り、新組合結成の決定的要因は、以心伝心的に会社の意を迎えて組合ないし争議の切崩しを企図したものを推測すべく、形式的に労働組合法第二条本文の要件を具えた労働組合であると否とを問わず、新組合の御用的性格は払拭しきれないものがあり、同時に組合に対する関係においては集団的スト破りと評価されてもやむをえないものがあるといわざるをえない。

そうであるとすれば、前記認定の事実から窺われる程度の組合の新組合員就労阻止の諸態様は、もとより脱退分子に対して組合の団結権及び争議権を防衛するための必要限度の手段として是認される範囲を出てないものと考えられ、その間に何らの違法性を見出すことができない。なお、会社の疏明中には、組合の就労阻止によつて新組合員が軽度の傷害を受けたごとき資料が存するけれども、偶々組合のとつた手段中に正当性の限界を逸脱し暴力にあたると認められる部分がかりにあつたとしても、組合がいぜんその統制力下にあると主張するのに対して、新組合はこれを抗争し両者の対立がいわゆる平和的説得、団結の示威を越えて力関係の対立にまで昂揚されたものと認められる状況のもとにおいて突発的に発生した個々の不祥事をもつて直ちに組合の争議行為が違法でありその方針が暴力的色彩に貫かれているものと速断することは、争議の実状を無視するものであり、他に本件において組合の争議方針が暴力行使をあえて容認するものであることの疎明はない。

次に、前記認定によれば、会社が四月一七日その役職員一五名をもつて烏山工場内から出荷しようとしたところ、組合がピケでこれを阻止しその目的を遂げさせなかつたのであるが非組合員たる役職員の固有の業務が出荷部門であるとは容易に考えられないから、右は出荷部門の労働者の職場と代置しようとしたものと見るべきであり、かかる実質的なスト破りが労働協約第三六条のいわゆるスキヤツプ禁止条項の趣旨に触れることは明白である。そして、これに対する組合のピケについては、四列のスクラムのほか道路上におびただしいドラム缶を並べる等、その態様においていささか度を過ぎたきらいがないではないが、いわゆるピケの正当性の範囲は、固定的に平和的説得に限定さるべきではなく、争議の経過、その対象が何人であるかなど諸般の状況から流動的に判断さるべきものであつて、協約違反の役職員のスト破りを防衛せんとしたものであること、多数警察官の待機という緊迫した状況にあつたこと、その他本件において疎明された諸事情を綜合して考えれば、器材及びスクラムをもつてした右ピケは、全体としていまだ会社の受忍すべき限度を越えているものとはいいがたい。

また、組合が会社の依頼を受けた運送会社あるいは会社の下請業者の出荷を阻止した事実のあることは、前記認定のとおりであるが、右運送会社に対する依頼が前記労働協約第三六条違反の行為であることはいうまでもなく、下請業者についても、第三者であるためその納品搬入行為を強力に阻止することは許されないとしても、出荷部門労働者の代置としての搬出行為を阻止することは、役職員の場合と異るところがなく、右各阻止に際して組合がピケラインを防衛する限度以上の実力を行使したことの疎明はない。

以上のとおり、結局会社の全疎明によつても、組合が会社に許容された範囲の操業ないし出荷を不法に妨害したことは肯認することができないし、また、将来そのような行為が行われるおそれがあるものと認めるべき資料も存しないから、組合の就業並びに出荷妨害禁止を求める部分はその被保全権利を欠くといわなければならない。

四、むすび

思うに、憲法によつて労働者に団結権ないし争議権が認められている所以のものは、これによつて労働者の地位を引上げ、経営者と対等の場において労資間の紛争を自主的に解決せしめようとする趣旨であることは今更いうまでもないところであり、争議行為というものも、それは右の自主的解決のために用いらるべき一つの手段として許されているものであつて、決して労資間の関係を破壊に導くことを許容するものではない。そして法が右のように労資間の紛争の自主的解決を予定し期待している以上、争議について当事者が司法的救済を求めうるのは、争議がその要請される理性と良識を失い、感情的憎しみに支配されて暴力の場と化すような場合にのみ限らるべきものと考えるのであつて、争議を自己の有利に導くための手段として司法上の仮処分を求める如きことは許されないものと考える。

而して当裁判所が以上において判断したところは、本件争議の過程において二、三の行き過ぎないし不祥事件が発生したことはあるが、それは寧ろ突発的に発生したもので、争議という異常な情況のもとでは、この程度のことは双方とも忍容すべきものであり(勿論突発的と雖も個々の行き過ぎないし不祥事を是認するものではないが、争議における自力救済的な面から違法性の限界を言わんとしているものである)、本件争議においては未だ双方の良識に基いて十分に自主的解決が可能であり、司法的介入は避くべきものと判断したのである。

よつて、会社の本件仮処分申請はすべて理由がないからこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

昭和三六年四月二八日

宇都宮地方裁判所第一民事部

裁判長裁判官 石沢美千雄

裁判官 橋 本  攻

裁判官 竹 田  稔

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例